大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和27年(行)36号 判決

原告 稲田幸太郎 外一名

被告 茨城県知事

主文

被告が別紙第一、第二目録記載の土地につき昭和二十七年十月十八日なした買収処分(買収期日昭和二十七年九月一日)を取り消す。

別紙第三目録記載の土地につき原告稲田幸太郎を買収名宛人とし買収期日を昭和二十五年三月二日とする茨城よ第四五一三号買収令書による買収処分が無効であることを確認する。

被告が別紙第四目録記載の土地のうち(一)の土地につき売渡の相手方を岡野光有、(二)の土地につき同じく倉持国次、(三)の土地につき同じく市村瀬平とし売渡の期日をいずれも昭和二十七年九月一日としてなした売渡処分が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

〔当事者の申立〕

原告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

〔当事者の主張〕

第一、請求の原因

一、別紙第一、第二目録の土地について

(一) 訴外石岡町農地委員会(現石岡市農業委員会)は昭和二十七年八月一日別紙第一目録の(一)及び第二目録記載の土地については訴外大枝金次郎及同吉田広光の、又別紙第一目録の(二)の土地については同船見仙之介の各買収請求に基き、旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第六条の二を適用して買収名宛人を原告稲田幸太郎買収期日を昭和二十七年九月一日と定めて買収計画を樹立して公告し、縦覧期間を昭和二十七年八月二日より同月十二日までとして縦覧に供した。前記自創法第六条の二を適用した理由は昭和二十年十一月二十三日現在においては原告冷水彦太郎の所有であつたが、その後昭和二十一年二月十六日原告稲田が買い受けたものであり、昭和二十年十一月二十三日現在の事実によれば右各土地は原告冷水の保有面積超過の小作地(自創法第三条第一項第二号)に該当するというにある。

而して被告知事は右買収計画に基き買収令書を発行し、昭和二十七年十月十八日これを原告稲田に交付して買収処分をなした。

(二) しかし右買収計画は次の点において違法である。

(1) 別紙第一目録の土地につき

(イ) 右土地は原告稲田が昭和十八年十一月十日原告冷水より売買によつて所有権を取得し、同年十二月二十日その引渡を受けたものである。(但し所有権移転登記は都合により遅れて昭和二十一年二月十六日に経由した)即ち昭和二十年十一月二十三日当時既に原告稲田の所有に帰していたもので自創法第六条の二の適用あるべき場合ではない。

(ロ) 別紙第一目録の(一)の土地については畑一反八畝九歩の内いずれの部分を買収するかゞ買収計画において特定していないから違法である。

(2) 別紙第二目録の土地につき

(イ) 右の土地は原告冷水の所有であつて、売買その他により原告稲田の所有になつた事実はない。即ち昭和二十年十一月二十三日の基準日以後に所有者が変つたのではないからこのことを前提とする買収計画は違法である。

(ロ) 右土地は基準日当時は勿論買収計画当時も竹林であつて地元石岡町農地委員会もこれを知つていたのであるからこれを畑地であるとして買収計画に組み入れたのは違法である。

(三) 而して右違法な買収計画に基いてなされた前記買収処分もまた違法であり、且つ第一目録の(一)の土地については、買収令書上において畑一反八畝九歩のうちどの部分を買収の対象とするのかについて何ら特定されていないから、この点においても右買収処分は違法であり取消を免れない。依つて別紙第一目録の土地については原告稲田において別紙第二目録の土地については原告冷水において夫々買収処分の取消を求める。

二、別紙第三、第四目録の土地について

(一) 別紙第三目録の土地(公簿上の地目並びに現況畑)は、別紙第一目録の土地とともに原告稲田が原告冷水より買い受けたものであるが、訴外石岡町農地委員会は、昭和二十五年二月九日訴外市村瀬平外二名の買収請求に基き、自創法第六条の二を適用し、原告稲田を買収名宛人とし買収期日を昭和二十五年三月二日として買収計画を樹立して公告し、縦覧期間を昭和二十五年二月十日より同月二十日までと定めて縦覧に供した。原告稲田は右縦覧期間内に異議申立をしたところ、石岡町農地委員会は昭和二十五年二月中右異議を認容する旨決定し前記買収計画を取り消した。

しかるに、被告知事は何故か右買収計画に基き茨城よ第四五一三号買収令書(台帳面山林と記載)を発行した上石岡町農地委員会に送付した。しかし右農地委員会は前記買収計画を取り消した事実があつたので買収令書を原告稲田に交付せず、未だに右農地委員会の手許に保管中である。

(二) 石岡町農地委員会は前記の如く別紙第三目録の土地についての買収計画を取り消したにも拘らず、不当にも更に又昭和二十六年五月三十一日右土地に付て買収期日を昭和二十六年七月二日と定めて買収計画を樹立して公告し、縦覧期間を昭和二十六年六月一日より同月十日までと定めて縦覧に供した。これに対し昭和二十六年六月九日原告稲田は異議申立をしたところ、石岡町農地委員会は昭和二十六年六月二十六日異議を容認して右買収計画を取り消した。

(三) 右の如く別紙第三目録の土地については再び買収計画は取り消され存在せざるに至つたにも拘らず、市村瀬平外数名が昭和二十六年六月二十八日附で提出した再議申請を容れた右農地委員会は、別紙第三目録の土地を分筆して別紙第四目録記載の三筆となし(この分筆は公簿上の正式のものではなく農地委員会限りの便宜上のものである)昭和二十七年八月一日売渡の相手方を別紙第四目録の(一)の土地につき岡野光有、同目録の(二)の土地につき倉持国次、同目録(三)の土地につき市村瀬平とし、売渡期日を昭和二十七年九月一日と定めて売渡計画を樹立し、昭和二十七年八月二日公告し同日より十日間を縦覧期間と定めて縦覧に供した。被告知事は右売渡計画に基き売渡通知書を発行し、昭和二十七年九月中売渡の各相手方に売渡通知書をそれぞれ交付して売渡処分をした。

(四) しかし別紙第三目録の土地に付ては、買収計画は取り消され買収計画は不存在となり、且又買収令書の交付もなされずにあるから買収処分としては未だ効力を生じておらず全然無効のものといわざるを得ない。

従つて被告知事が、右買収処分が有効になされたことを前提としてなした前記売渡処分もまた当然無効の処分といわねばならない。なお売渡処分の基礎である売渡計画自体についてみても売渡計画は買収計画後か、少なくとも買収計画と同時に樹立さるべきであり、本件のように全然買収計画すら存在しないのに売渡計画を樹立してみても、斯る計画はもとより当然無効というの外はない。

(五) よつて原告稲田は前記第三目録記載の土地に関する買収処分の無効確認を求めるとともに第四目録記載の各土地についての売渡処分の無効確認を求める。

第二、答弁

(一)  原告等主張の一の(一)の事実は認める。

(二)  同じく一の(二)の(1)の(イ)の事実中、移転登記の日時のみ認め、その余は争う。原告稲田の所有権取得の日は昭和二十一年二月十六日即ち移転登記の日と同じ日である。仮に原告等主張の日に売買による所有権移転があつたとしても、昭和二十一年二月十六日までは所有権移転登記も引渡もなかつたから原告稲田においてその効力を主張し得ない。

(三)  同じく一の(二)の(1)の(ロ)の事実については、畑一反八畝九歩のうちの一部買収で買収令書上その地域を特定しなかつたことは認める。

(四)  同じく一の(二)の(2)の(イ)の事実中別紙第二目録の土地が原告冷水の所有であることは否認する。原告稲田の所有である。

(五)  同じく一の(二)の(2)の(ロ)の事実については第二目録の土地が基準日前より引きつゞき竹林であることは認める。

(六)  同じく二の(一)の事実中、第三目録記載の土地を原告稲田が原告冷水より買い受けた日が昭和十八年十一月十日であるとの点、原告稲田が縦覧期間内に異議申立をしたとの点、石岡町農地委員会が異議を容認して買収計画を取り消したとの点は否認する。その余の事実は認める。

(七)  同じく二の(二)の事実は右買収計画を取り消したとの点を除きこれを認める。

(八)  同じく二の(三)の事実中第一段の再議申請の点は不知、その他の売渡の手続に関する部分は認める。

〔証拠方法〕

〈省略〉

理由

一、別紙第一第二目録記載の各土地につき、原告等が請求原因一の(一)で主張するような経過で被告が買収処分をなしたことはいずれも当事者間に争がない。そこで右買収処分に原告等の主張するような違法取消原因が存するかどうかにつき以下判断することにする。

(1)  別紙第一目録記載の土地について

被告は昭和二十年十一月二十三日現在においては前記土地は原告冷水の所有であつたが、その後昭和二十一年二月十六日に至つて原告稲田がこれを買い受けた旨主張するのに対し、原告等は右土地は昭和十八年十一月十日に原告稲田が買い受け、基準日当時は既に原告稲田の所有に帰していた旨主張するので、先ずこの点について審案する。成立に争のない甲第一、第三、第四号証、原告冷水彦太郎本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第十二乃至第十五号証、証人小野間一男の証言、原告稲田幸太郎(第一、二回)同冷水彦太郎(第一、二回)各本人尋問の結果を綜合すれば、原告稲田は大正十三年頃から酒造業者である原告冷水方の番頭として昭和九年六月頃まで勤めていたがその後冷水方の番頭をやめ石岡町駅前通りに酒小売商を開業し、爾来昭和十八年四月頃企業整備で営業を閉鎖するまで継続してきたこと、酒小売商が整備されることになつたので将来農業によつて生計を立てようと考え、原告冷水に交渉し昭和十八年十一月十日に同人所有の別紙目録第一第三記載の土地を含めた畑、山林等九筆の土地につき代金三千五百円、即日金千円を支払い残代金は右土地の所有権移転登記手続をなすと同時に支払う定めで売買契約を締結し、前記土地の所有権を取得したこと、原告稲田は右約旨により即日金千円を支払い、更に同年十二月二十日に残代金全額を原告に支払つて所有権移転登記手続を要求したところ、突如として原告冷水は稲田の亡父兵助に対して昭和三年五月十日に金五百円を貸し付けたことを話し、これが弁済を受けた上で移転登記をしようと申し出たため、原告稲田は自分のあずかり知らない亡父の古い借金を持ちだされて驚き且当惑し、種々交渉したが原告冷水はもしこの際弁済を受けておかなければ何時支払を得られるかわからないと考え移転登記手続を延引してこれに応じなかつたこと、それがために右両者間に感情の軋轢をきたし遂に稲田は土浦区裁判所に対し原告冷水を相手どつて所有権移転登記手続請求の訴訟を提起したこと、昭和二十年十二月二十六日の口頭弁論期日に、前記五百円は原告稲田の買い受けた農地の昭和十九、二十両年度の小作料で原告冷水の方で受け取つていたものとを差引計算することにして示談をし、原告冷水は原告稲田の請求を全部認諾したこと、それで原告稲田は右示談の趣旨により前記貸金債務の清算支払をし昭和二十一年二月十六日に移転登記を経由した(移転登記の日時の点は争がない)事実が認められる。尤も成立に争のない乙第一号証の一、二・第二号証・第三号証の一乃至三・第三号証の四(但し「小作冷水」と記載された部分は除く)及証人山内一郎、同大枝金次郎、同吉田広光、同鈴木善三郎の各証言を綜合すると、原告冷水が本件土地の耕作者に対し右売買による所有権移転のことを話したのは前記所有権移転登記後のことであり、昭和十九、二十両年度の小作料は勿論その後も二、三年間原告冷水の方で小作料を受け取つていた事実が認められるけれども所有権移転登記がすむまで売買の事実を他人に話さないことや、売主が従前のとおり小作料を受け取つているというようなことは世間にありがちなことであるし、前記のように昭和十九、二十両年度の小作料は所有権移転登記のときまでに清算をしているのであり、証人吉田広光、同鈴木善三郎の各証言並びに原告冷水彦太郎(第一回)同稲田幸太郎(第一回)各本人尋問の結果によれば所有権移転登記後の分については原告冷水が原告稲田のために受取りこれを原告稲田に交付していたことが認められるので、前記のような事実の存することは未だ前記昭和十八年中売買契約がなされたことの認定を左右する資料となすに足らず、その他被告の全立証をもつてするも前記認定を覆すことはできない。被告は仮に昭和十八年十一月十日本件土地の所有権が稲田に帰したとしても其の後移転登記も引渡もなかつたからその効力を主張し得ない旨抗争するけれども、昭和二十一年法律第四十二号改正農地調整法附則第二項の適用ある契約は、農地所有権の移転等につき知事の認可が原則として効力発生要件とされるに至つた昭和二十年法律第六十四号による改正農地調整法の施行後に、例外規定たる同法第六条第三号により、知事の認可を受けずしてなされた契約を指称するのであつて、右施行前になされた農地所有権移転契約には右附則第二項の適用はないと解すべきであるから前記附則第二項牴触の問題を生ずる余地は全然ないのである。又自創法による農地の買収は国が農地改革の政策を遂行するため強制的に土地所有権を取り上げる処分であるから私法上の取引の安全を目的とする民法第百七十七条の規定は右買収処分に適用される余地はないわけであつて、本件買収基準日当時稲田が移転登記を受けていなかつたとしても、その登記の欠缺を主張することは許されないというべく、よつて被告の前記主張は採用に価しない。

そうだとすれば、本件土地は昭和十八年十一月十日売買により原告稲田に所有権が移転していたにも拘らず前記認定のように基準日当時原告冷水の所有する小作地であるとして自創法第六条の二を適用して遡及買収をなすべき筋合でないのにこれをしたのは明らかに違法と云う外なく、その余の主張を判断するまでもなく右買収処分は取消を免れない。

(2)  別紙第二目録記載の土地について

成立に争のない甲第二号証及び原告冷水彦太郎本人尋問(第一回)の結果によれば、右土地は同原告が昭和十二年一月三十日家督相続によりその所有権を取得したもので、その後他に所有権を移転した事実のないことが明らかである。そして右土地は基準日当時は勿論買収計画当時も竹林であつたことは当事者間に争なく、原告冷水の本人尋問(第一、二回)の結果によれば、右土地は酒造業者たる原告冷水がその業務用に使用する竹材採取の目的で所有しているもので、他に貸しつけた事実のないことが認められる。それ故、右の土地については所有者でないものを買収名宛人とした点においても、基準日当時農地でなかつたものを小作畑とした点においても、いずれも違法であつて、右土地の買収処分は到底取消を免れないものといわねばならぬ。

二、別紙第三目録の土地について

請求原因二の(一)の事実中、右土地は原告稲田が別紙第一目録記載の土地と共に昭和十八年十一月十日原告冷水より買受けその所有権を取得したものであることは前認定のとおりであり、石岡町農地委員会が昭和二十五年二月九日訴外市村瀬平外二名の買収請求に基き自創法第六条の二を適用して原告稲田を買収名宛人とし、買収期日を昭和二十五年三月二日と定めて買収計画を樹立し、それぞれ所定の公告をなし縦覧に供したことは当事者間に争がない。ところで右買収計画に基き被告知事が発行した茨城よ第四五一三号買収令書は石岡町農地委員会に送付されたが、同委員会はこれを原告稲田に交付しないまま現在に至つていることは被告もこれを認めて争わないところである。所で農地の買収処分は農地所有者から国が農地の所有権を強制的に取得し国民の所有権を喪失させる重大な結果を生来せしめるものであるから、法定の手続を厳格に履践することが必要とされ、右手続の一段階として県知事が被買収者に買収令書を交付することはこれによつて買収農地の所有者、範囲等を特定し買収の対価を定めて直ちに土地所有権の変動を及ぼし買収処分を完結するために絶対必要な要件と解すべきであるから、前記のように本件買収令書が未だ原告稲田に交付されてない以上買収処分としては不成立とみられ有効に存在しないと認められるから、この意味において前記買収処分は無効であるといわねばならない。

三、別紙第四目録の土地について

訴外石岡町農地委員会が昭和二十七年八月一日に売渡の相手方を別紙第四目録の(一)の土地につき訴外岡野光有、同目録の(二)の土地に付き倉持国次、同目録の(三)の土地につき市村瀬平とし、売渡の期日を昭和二十七年九月一日と定めて売渡計画を樹立しそれぞれ所定の公告をなして縦覧に供し、被告知事は右売渡計画に基き売渡通知書を発行し、昭和二十七年九月中各売渡の相手方に売渡通知書を交付して売渡処分をなしたこと、右各三筆の土地は、石岡町農地委員会が売渡処分を便宜にするため別紙第三目録記載の土地を事実上分割して三筆にした土地であることは当事者間に争がない。

そうだとすると、既に認定したように別紙第三目録記載の土地に対する買収処分が無効である以上、これが有効であることを前提としてなされた右各売渡処分もまた当然無効と断ずるの外ない。

そして、右のように売渡通知書が売渡の相手方に送達されており、又被告は原告稲田に対する関係において前記買収処分並びに売渡処分が無効であることを認めてもいないのであるから、同原告において右買収並びに売渡処分の無効確認を求める利益を有するものといわねばならない。

四、以上の次第で、原告等の本訴請求は理由があるから全部正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条・民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 多田貞治 中久喜俊世 中野武男)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例